昔は”山”だった。。。 ~世田谷区北沢、山の湯 2011.11.27.

東北沢駅からアンティーク山本商店という店に行く。
東北沢駅は、地元だったけど、小田急線の地下化の工事で付近の様相が全く変わっていて戸惑った。。。

アンティーク山本商店では、目当ての古道具には出会えなかった。。。

写真は、近くの山の湯。
北沢川の河岸段丘を丁度登り切ったあたり。
あたりを見渡せる高台にあることが同湯の屋号の由来になっている。
向かいには菓子店。牛乳屋は無くなったけど、銭湯を中心とした風情が辛うじて残っている。



▼山の湯
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大江戸骨董市 in 東武百貨店 ~池袋 2011.11.20.

いつもは東京フォームで行われている大江戸骨董市が、会場の都合で池袋の東武百貨店で行われるというので池袋まで出かけて行った。

しかし、、、予想はしていたけど、規模がいつもの2割くらいとかなり小規模だった。
また、木陰もないし、なんか骨董を見ていても楽しくなくて、早々に退散。。。

そして、スマートフォンを買い換えようかと、ビックカメラに行ったり、
ジュンク堂で本を探したりと、いつものコースを辿る。

ただ、ちょっと洒落た喫茶店を見つけてホットミルクを頂いたのが、いつもとは少し違ったかな。



▼南池袋のちょっと洒落たカフェ
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▼東武百貨店の屋上
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上野の山を開削して設置されている日暮里駅 ~日暮里駅 2011.11.19.

日暮里駅は上野の山の斜面を削って設置されている。
上野の山側は切り通しのようになっていて、上は谷中墓地がある。
反対側は、駅が高台のようになって、東日暮里、三河島に通じている。

そして、日暮里駅の屋根などの構造材には古いレールが使われている。
代々木駅、水道橋、浅草橋など東京近郊などにはそんな駅が多い。
いずれも、これらの駅は感傷的な哀愁を湛えているように感じている。

今日は、台風に近い風雨で日暮里駅の崖は雨に濡れ緑が瑞々しかった。。。



▼日暮里駅の京浜東北線ホーム
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名古屋のデパートの屋上に残る、現存日本最古の観覧車 ~名古屋・栄 2011.11.05.

三越屋上の観覧車のある寂れた風景は良かった。

1956年製の二代目の古い観覧車。
2005年に運転休止、国の登録有形文化財に登録されている。

名古屋において文化を発信してきた歴史あるデパートなのに、そんな文化財の案内が見あたらなかったことが不思議だった。

▼旧オリエンタル中村百貨店の観覧車(2代目)、1958年製造【登録有形文化財】
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赤羽の廃業喫茶店”珈琲ハトヤ”のある風景 ~2011.11.13.

稲付川を暗渠化した”稲付の小径”を歩いて赤羽に買い物に行く。
途中の何気ない風景をリコーのGXRでスナップして歩く。。。


▼廃業喫茶店の赤羽”珈琲ハトヤ”
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▼植物が絡まったアパートの窓
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▼初めて見た時には人が住んでいたけど、久しく空家のよう
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”BARとき”のある路地裏の風景 ~名古屋・大須新地 2011.11.04.

先月、親しくさせて頂いている大倉ひとみさんが銀座で個展「幻燈街」を開いた。
隘路に蝟集するスナックを印象的に描いた絵が並んでいた。

そこに、この”BARとき”が描かれていた。
画伯とは指向が似ているので、実際に小生も見たことがある街を描いた絵もあったけど、
”BARとき”は知らなかった。

”大須”とだけ聞いていた。
大須は、2度ほど歩いたことがあったけど、この路地は知らなかった。

個展から1月も経たないうちに大須を訪れる機会が巡ってきた。
急だったので、具体的な位置を聞くことも出来なかったので、辿り着くまでに少々苦労した。

それは「大須新地」と呼ばれている一角の細い路地の入口にあった。
中から人が出てきたので、聞けば閉店して15年ほども経つという。
間口の本当に狭い建物だけど引きつけられる美しさがある。
朱鷺をイメージしているのだろう、ドアの内側には黒と朱の目隠しが下がっていた。

大須新地。
かなり惹かれる路地裏の風景があった。

名古屋はこんな風景が多い。
名古屋には行きたい所がいくつもある。。。



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名古屋の旧漁村で見た哀愁の風景 ~名古屋市中川区下之一色 2011.11.04.

名古屋市中川区の庄内川と新川に挟まれた島のような下之一色。
その堤から新元湯という古い銭湯に降りる道。

6年振りに訪れたけど、喫茶は廃業、湯上がりに一杯やった食堂も閉店久しい感じだった。
元々寂れていたけど、その荒廃ぶりは目を覆うばかりだった。

昭和44年まで名古屋市電の下之一色線が通り、その終着駅だった下之一色。
近くに国道1号線が通っているけど、今は名古屋からアクセスしにくい交通事情になっている。

堤防を造り漁師町の機能が失われてからここに住む必要がなくなった人も多い。
魚市場が残っているけど、日比野の中央卸売市場が開設されるまで、下之一色が名古屋の台所だった。
今は、トラックで魚が運ばれてくる小さな魚市場になっている。

そして、8軒あった銭湯も今は大正時代創業の新元湯の1軒になってしまった。
近くにかなり大きなヱビス湯という廃業銭湯がある。
こんなにも大型の銭湯が必要だったほどに栄えていた時代があった。

哀愁漂う、下之一色。。。


▼新元湯へ下る階段。
 堤の向こうには今も小さな魚市場があって、その向こうは新川が流れている
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▼下之一色の目抜き通り。開いている店は1割か2割ほど。
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▼下之一色・旧ヱビス湯。かなり大型の銭湯。 ~6年前と全く変わっていない。
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▼1本入れば端正な住宅が並んでいる。
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▼正色市場 ~八百屋と肉屋くらいで、他は撤退していた。。。
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東京駅八重洲口 2011.11.01.

東京駅は八重洲口も丸の内口も工事中。

八重洲口は、新しい高層ビルを建設中。
丸ノ内側は、煉瓦造の駅舎を元の三階建てに復元工事中だ。

写真は、八重洲ビルの17階からの風景。
直ぐ傍らには大きなクライミングクレーンがあった。




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